2024.10.29【宮台真司】続・戦後歌謡曲の流れをコードで整理する

先日(2024年10月23日土曜28-29時)オンエアの近田春夫×小泉今日子_M.A.A.D MIX_昭和歌謡曲【前半】について、複数のリスナーから重要な質問をいただきまし た。全てが、ビートルズと松田聖子がリストされていない理由を問うものでした。

前者から答えると、一口で、60年代末のグループサウンズには、ビートルズの影響 より、若干後ろにズレた同時代のアメリカンポップスバンドの影響(ママス・アン ド・パパスやビーチボーイズなど)が、楽曲面でもリリック面でも強いからです。

アメリカンポップスバンドはビートルズの影響で生まれたから、ビートルズ→アメリ カンポップスバンド→グループサウンズというパスがあるのです。変化を大規模に 掴むには、楽曲やリリックを超えて「享受体験」の変化に注目する必要があります。

ビートルズは事実上ロックバンドの始まりで、かつ自作自演なので、自作自演ロッ クに踏み出すミュージシャンを後続させ、それゆえ女性ファンを熱狂させるだけで なく男性にロールモデルを提供するものとなりました。いわばロックな生き方です。

グループサウンズは、従来の歌謡曲と同じく一部を除けばモータウンのような分業 的産業音楽だから、男性にロールモデルを提供する側面は小さく、専ら女性ファン を熱狂させました。そこがアメリカンポップスバンドと重なると言えるのです。

アメリカンポップスバンドもたいていはビートルズ同様に自作自演ですが、自作自 演バンド音楽のロールモデルがビートルズによって既に提供されていたのもあって、 男性ロールモデルとしてより、女性ファンの熱狂的「消費」に専ら傾斜しています。

産業音楽におけるアリ・バホーゾ→マーティン・デニーというエキゾチック・サウ ンドの系譜、つまり音像定位の工夫で脳内に空間を作り出す高度な技法をビーチボ ーイズ(ブライアン・ウィルソン)が直接継承していたことも大きな要因です。

大学進学率が10%台なのが象徴的ですが、統計的には後に「団塊の世代」と呼ばれ る当時の若者が挙ってビートルズを聴いていた事実はありません。団塊の世代が事 後に作り出した物語です。従ってセトリからのビートルズの排除は合理的なのです。

松田聖子がセトリから落ちているのも同じ理由です。松田聖子はセールスは巨大で も享受形式の画期をなしていない。画期をなしたのは、1973年デビューのキャンデ ィーズと、すぐ後と言える1976年にデビューしたピンクレディーの、差異でした。

当時中高生だった僕の世代は両者が相前後してデビューしたという感覚を持ち、そ れゆえ両者の差異を強く意識します。キャンディーズという可愛いアイドルトリオが デビューしたと思ったら、ピンクレディーという変なデュオが出て来たという感じ。

それが、小中学生女子がみんな踊り出した時期にキャンディーズ解散が後続したの もあって、キャンディーズが図でピンクレディーが地だったのが、ピンクレディーが 図でキャンディーズが地だという形にあれよあれよと図地反転した感じになります。

その後は、振り返ってみると、80年代トップアイドルは全員、男子が疑似恋愛する 対象であるのみならず、女子にロールモデルを提供するものになりました。それゆ え、キャンディーズが70年代的、ピンクレディーが80年代的との印象になります。

それに引き摺られて、楽曲で言うと、70年代は筒見京平ないし吉田拓郎的、80年代 は都倉俊一的という印象になりました。なお吉田拓郎といえば四畳半フォークとい う印象は、彼の意図的な扮技を間に受けた頓馬なもので、実は完全な間違いです。

デビューの経緯ゆえに、同じ自作自演でも、井上陽水は産業音楽的、吉田拓郎は反 産業音楽的というイメージがありますが、『サブカルチャー神話解体』で述べた通 り、吉田拓郎は「手作り」を付加価値とした曲を産業音楽的に売りまくったのです。

話を戻すと、70年代的との印象を抱くアイドル(花の中3トリオと南沙織が端点) から、80年代的との印象を抱くアイドル(松田聖子や中森明菜など)への変化の端 点はピンクレディーなので、享受体験の変化に注目した場合、セトリから落ちます。

享受体験の変化はコードの変化で記述されます。二項図式「A/B」が無意識を構成 する「快/不快」に重ねられたものを社会システム理論はコードと呼びます*。コー ド変化が原因で享受体験が変化したから、受け手に女子が突如大量参入したのです。

*このコード概念は初期フロイトの局在論(意識・無意識・前意識)を形式 化したものでルーマンを端緒とします。正確には、無意識は言語的に構造 化されているとするラカンの無意識論を形式化したものです。

僕のマスコミデビューは1989年のNHK「はんさむウーマン」でしたが、この時の 肩書は「少女漫画批評家」です。低学年から少女漫画に親しみ、73・77・83年の コード変化を明確に実感していたことが「コードによる消費の機能分析」*の背景です。

*85年の論文タイトル。一部で高く評価されました。84年から大型計算機 IBM9000を無料で使える特権を得て大規模な計量調査に乗り出し、実感を コードに落とし込んで実証することに成功しました。詳しくは自叙伝参照。

以上の話を徹底的に詳細化できますが、かえって分かりにくくなるので禁欲しま す。また以上の記述には、高度な理論と、高度な計量技法と、享受体験の聞き取り を結合するという、宮台社会学の特徴(詳細は『サブカル神話解体』)が如実です。

2024.10.29 宮台真司(社会学者・映画批評家)
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