【連載・社会学入門(2004)】第三回:システムとは何か?

    阪田晃一
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    MIYADAI.comより転載 社会学者・映画批評家 宮台真司
    ■社会学の基礎概念を説明する連載の第三回です。前回「一般理論」とは何かを説明しま した。一般理論とは相対的な概念で、(1)できるだけ多様な主題を、(2)できるだけ限定され た形式(公式)で取り扱えるほど、理論の一般性が高いと見なされることを紹介しました。

    ■ところが、重化学工業中心の経済段階が終焉して近代成熟期を迎えると、社会的共通前 提が崩壊し、切口が違っても共通の問題(戦後の再近代化に伴う問題)を扱っているとの 意識が薄れ、個別の分野を横断して適用可能な一般理論に対する関心が薄れるのでした。

    ■加えて、周辺に問題を派生しつつ近代化が進行する時代に、既存分野で扱えない問題(近 代とは何かなど)を扱うとの問題意識に駆動されて生まれた社会学が、講座が制度化され るに従い、社会への関心を失って自家中毒に陷ったことも一般理論を退潮させたのでした。

    ■かくして近代成熟期の到来に伴って社会学の一般理論が退潮、社会の不透明性について の意識が増大しますが、そもそも私たちのコミュニケーションを浸す不透明な前提を考察 するのが社会学の使命だから、今こそ一般理論が要求されているのだ、という話でした。

    ■さて今回から一般理論の中身に入りますが、社会学で一般理論という言葉を使うように なったのは戦後のタルコット・パーソンズ(1902-1979)以来であり、当時から一般理論と は「システム理論」のことを指します。今回は「システムとは何か」をお話しします。 【機械的システム概念】──────────────────────── ■システム概念は「全体は部分の総和を超える」という表象として言えばアリストテレス 政治学以来の伝統を持ちますが、これが科学的に洗練されるのは、L・フォン=ベルタラ ンフィ(1901-1972)による1940年代以来の「一般システム理論」の提唱を待ちます。

    ■彼の一般システム理論は、経済学の一般均衡理論にバーコフ(1884-1944) の連立常微 分方程式を用いた解析力学の方法を持ち込んだサミュエルソン(1915-)と同じく、連立常 微分方程式によって「相互依存する要素からなる全体」を記述する形をとっています。

    ■従ってこの枠組は均衡時点におけるシステム状態を記述することを目標とし、数学的な 「解の存在条件」やヒックス(1904-19XX)的な「解の安定条件」を分析したり、別の状態 への移行をフィードバックを通じた無限波及の結果として理解することを狙いとします。

    ■パーソンズはこの方式の導入が最終目標だとしつつも、変数の計量可能性などの困難ゆ えの次善の策として、諸変数を変動しやすい/しにくいものに分離した上で、前者の値を 後者の存続への貢献によって説明する方式を提唱しました。これが「構造機能分析」です。

    ■パーソンズは、変動しやすい変数を「過程」、しにくい変数を「構造」と呼びますが、 この構造を過程を変数とする関数だと理解すると、存続貢献論的な説明が背理に陷ること をカール・グスタフ・ヘンペル(1905-19XX)やロス・アシュビーが証明しました。

    ■日本でも1970年代後半に橋爪大三郎(1948-)・志田基与師(1955-)ら若い社会学 研究者らによって、構造機能分析的な構造変動仮説が演繹理論として無効であることが、 別の方法で証明されます。かくして構造機能分析は1980年代以前に命脈を絶たれました。

    ■構造機能分析と入れ替わりに、70年代には後述するように、化学や神経学や免疫学の分 野において、物理学周辺で育まれてきた従来の機械的システム概念とは出自の異なる有機 体的システム概念が提唱されはじめ、これが80年代以降の社会学に大きな影響を与えます。

    ■具体的には、有機体的システム概念を摂取した社会学者ニコラス・ルーマン(1927- 1999)の業績が、今日の社会システム理論の地平を構成しました。それを一部踏まえて以 下では今日の社会システム理論がシステムをどう概念化しているのかを概略的に示します。 【有機体的システム概念】──────────────────────── ■「システム」とは複数の要素が互いに相手の同一性のための前提を供給し合うことで形 成されるループ(の網)です。最単純にはAがBのための前提を供給し、BがAのための 前提を供給する「前提循環」ないし「交互的条件」づけがあるときシステムが存在します。 [図版]

    ■こうした前提循環は一般に、他なるものから前提を供給されることで初めて可能性を与 えられます。この他なるものを「環境」といいます。システムは前提循環という意味では 内に「閉じて」いますが、環境を前提とするという意味では環境に「開かれ」ています。 [図版]

    ■システムは、他なるものから前提を供給〈される〉だけでなく、他なるものに前提を供 給〈する〉こともありえます。こうして、ある要素的なシステムが別の要素的なシステム との間に前提供給のループを構成することで、上位のシステム形成することがありえます。 [図版]

    ■さらに、システムの前提循環を構成する個々の要素をみれば、その要素自体が、同じシ ステム内の他の要素との間の前提供給関係の中で初めて可能性を与えられた下位的な前提 循環、すなわち下位的なシステムだ、ということもありうるのです。 [図版]

    ■かくしてシステムは環境に対して開かれることで、上方ならびに下方に開かれえます。 「環境に開かれることで上方ならびに下方に開かれたシステム」という概念は、実は生物 有機体の観察から生まれています。以下にそのことの意味について若干説明を加えます。 【有機体的システムの特色】──────────────────────── ■有機体的な構成とロボットの構成との決定的な違いは、部品ないし部分という概念の違 いにあります。ロポットはスイッチ(エネルギー供給)を切っても、また入れれば動きま す。またロポットはいったんバラしたあと、また元通りに組み立てればちゃんと動きます。

    ■ロボットを叩き壊しても、個々の部品は有用でありえますから、有用な部品を組み合わ せて、元のロボット以外に、別の機械を作れるということがありえます。ところが有機体 は一度バラして元通りに組み立てる、あるいは別の有機体を組み立てることはできません。

    ■こうした違いの由来を理解するのに先のようなシステムの概念化が役立ちます。この概 念化では、部品すなわち下位システムは、システムの全体性があって初めて同一性を維持 できます。部品が部品としての同一性を、全体の作動抜きで維持することはありえません。

    ■例えば、私という生物有機体を死ぬと、しばらくは個々の内臓が生きていますが、じき に内臓レベルでも死が訪れます。内臓が死んでも、しばらくは個々の細胞が生きています がが、じきに細胞レベルでも死が訪れます。かくして全体が壊れると部品もまた壊れます。

    ■こうした有機体の構成は、先の概念化とは別に「部分と全体の間に存在するループ」と しても概念化されます。すなわち、部分が全体を可能にしていると同時に、全体もまた部 分を可能にしているということです。よく挙げられるのが細胞膜と細胞全体との関係です。

    ■細胞膜がなければ、細胞質が流出してしまい、細胞全体は直ちに死滅します。でも細胞 膜は、ロボットの装甲板のごとき部品とは違って独立自存する実体ではなく、細胞の全体 組織が活動することでようやく同一性を保つことができる、それ自体「生き物」なのです。 [図版]

    ■ここで「同一性を保つ」とか「同一性を維持するための前提を供給する(される)」と 言う場合の「同一性」は、「秩序」と言い換えられますが、その意味については「秩序と は何か」というセクションで、統計熱力学の概念を使って、詳しく説明する予定です。 【均衡システムから定常システムへ】───────────────────── ■社会学における構造機能分析が採用した機械的システム概念と、構造機能分析終焉以降 の有機体的システム概念とでは、中身が変わりました。その違いは前者が「均衡システム」 の概念化なのに対し、後者が「定常システム」の概念化だ、というふうにも説明できます。

    ■ベルタランフィの構想のように均衡時点におけるシステム状態の記述を目標とする理論 を「均衡システム理論」といい、記述対象を「均衡システム」といいます。均衡システム 理論は「相互依存する要素からなる全体」を均衡つまり「つりあい」において記述します。

    ■物理学などでは、初期状態の設定を除いて環境とエネルギーや物質の出入りがなくなる システムを「孤立システム」、初期状態の設定後もエネルギーだけが出入りする場合を「閉 鎖システム」、エネルギー以外に物資の出入りがある場合を「開放システム」といいます。

    ■システムの均衡状態(つりあい)を連立常微分方程式で記述する均衡システム理論は、 論理的に孤立システムを対象にしています。これに対して、エネルギーや物質の出入りが ある非孤立システム(閉鎖/開放システム)を扱うものが定常システム理論と呼ばれます。

    ■実際、エネルギーや物質の出入りがある中で「相互依存する要素からなる全体」の同一 性(秩序)が保たれる現象は、先の有機体を含めて枚挙に暇がありません。エネルギーだ けが環境と出入りする閉鎖システムの例としてしばしば挙げられるのは、対流の現象です。

    ■下から熱せられたコップの対流で言えば、熱せられて質量が軽くなった水と冷たい水と の間に位置エネルギーの差異が生まれ、この差異が生み出す自由エネルギー(仕事ができ るエネルギー)をより能率的に散逸させるプロセスとして、一定の対流が生じるのです。

    ■風呂の水を抜く場合に出来る渦巻きは、物質が出入りする開放システムの例としてしば しば挙げられます。これも、位置エネルギーの差異がもたらす自由エネルギーの効果的な 散逸プロセスが秩序を生むのですが、排水と同量の注水を続ければ渦は永久に消えません。

    ■こうした定常システムの概念は、M・アイゲンのハイパーサイクル、H・ハーケンのシ ナジェティックス、プリゴジンの散逸構造、E・ヤンツの自己組織化、マトゥラーナ&ヴァ レーラのオートポイエシスなど、1970年代に複数の分野から同時多発的に提起されました。

    ■定常システムは一般にハーケンのいう自己触媒的な秩序形成を特徴としており、連立常 微分方程式での記述を許すような線形性を持ちません。その意味で今日の社会学が基礎と する定常システム概念は、経済学が一般に想定する均衡システム概念とは出自が違います。

    ■社会学が定常システム概念を採用することの認識利得は、秩序とは何かを説明しないと 本格的理解は無理ですが、実に多大です。今回の範囲では「全体は部分の総和を超える」 (要素間の関係が示す創発性)との伝統的含意と別に、「部分の同一性は全体の作動抜き にありえない」という含意が注目されます。かくして次回「秩序とは何か」に繋がります。 MIYADAI.comより転載"
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